
”魔境”がごとき昭和遺産を注目スポットへと蘇らせた名古屋「金城市場」オーナー夫婦の再生力[名古屋特集]
タビノリSTAFF
- 2026年02月03日
尾張徳川家を象徴する名古屋城の外郭に位置する名古屋市北区。公共交通機関や主要幹線道路が縦横に走り、大小の河川が流れ、名城公園をはじめとする緑豊かな公園にも恵まれた良好な住環境を誇るこの街に、昭和30年に開業した私設の市場「金城市場」がある。

高度経済成長期、八百屋や精肉店など生鮮食料品を中心に地域住民の台所として最盛期には20店舗ほどが軒を連ねた地域密着の平屋建ての市場は、時代とともに徐々に活気を消失。早晩、廃業は時間の問題と思われていた。そんな運命に抗い、この地にかつて以上の賑わいを創出しているのが、オーナーだった祖父母から同物件を受け継いだ小田井孝夫さん 康子さんご夫妻だ。
およそ市場という枠におさまらない斬新な企画を次々に打ち出し、近隣住民はもちろん、今や名古屋エリアを象徴するカルチャー発信拠点のひとつとなった「金城市場」は、いかにして存亡の危機からV字復活を遂げることができたのだろう。
トタンに封印された300平米の可能性
東海道新幹線「名古屋」駅から、地下鉄に乗り換えて「志賀本通」駅を下車。幹線道路から一本奥に入り、落ち着きある住宅街を約7分ほど歩くと、味のある赤錆びたトタンの外壁が目印の「金城市場」にたどり着く。外観は昭和の時代の映画セットそのままのようである一方、内部は一見倉庫のようなガランとした空間に、むき出しになった柱や梁、床のコンクリート土間、合板を張り合わせたような什器とレトロな看板などが点在。東京でいう下北沢や中野、高円寺にあるようなディープさと洒落た雰囲気が漂う、いわゆるリノベーション空間だ。

約束した取材時間の少し前、近隣に居を構えるオーナーの小田井さんご夫婦が自転車に乗って到着。取材は記録的な残暑が続いていた昨年の9月。ハットが涼しげで、上品シンプルな装いが印象的なおふたりだ。そもそも、なぜ彼らは、時代的な役目を終えつつあったはずの私設市場のオーナーとなったのか、その経緯を聞いてみた。

「元々、この金城市場は昭和30年に私の祖父母が運営を始めたものでした。コンビニやスーパーが生まれる以前、その役割をになっていたのは、生鮮食品などを取り扱うお店が一か所に集まった市場で、周辺の土地持ちだった祖父母は、土地活用の手段としてこの場所に市場を設け、主に祖母が運営していました。
昭和50年代頃までは経営は順調だったようですが、バブル崩壊前後から出店者の閉店が相次ぐようになり、最終的には市場のオープン当初から入居していた精肉店1店舗だけを残し、あとは廃墟のような状態。そんなタイミングでオーナーの孫であった私が、2020年、土地や建物など経営一切を引き継ぐことになりました」(孝夫さん)
地元を離れ、東京で30年暮らしていたご主人が相続することになった廃墟寸前の市場、その現状に夫婦は戦慄した。
「お肉屋さんだけが細々とやっていて、あとは物置小屋のようでした。正直入るのが怖いと感じてしまうくらい。当時の建物は、内外から幾重にもトタンなどで囲われていて屋内に光が入らず、唯一営業を続ける店舗だけが電球で照らされ、まわりは真っ暗。店舗の奥の方には、立ち退いた店舗の什器や段ボールなどが無造作にそのまま残されていました。祖母も『お肉屋さんがお店を閉めたら丸ごと取り壊す』つもりだったようです」

ところが、好奇心旺盛な二人は創業オーナーとは別の可能性を模索し始める。
「約300平米にも及ぶこの広大なスペースを何かにいかせるのではないかと考えました。荷物さえ片づけてしまえば何とかなるかなと。芝居をやろうと思えばできるし、映画の上映もできるかもしれない。どんどん夢が膨らみました。東京で暮らしていた頃と同様に、地元に戻ってきたとしても、自分たち世代がふらっと行って楽しめるような場所が増えてほしいという思いもありました」
聞けばご主人、東京で執筆活動を中心に、演劇活動もされていたマルチな才能の持ち主。
「日常生活にカルチャーが溶け込んでいて、芝居を観に行った帰りに仲間と食事をしたり、お酒を飲んだり、そんな場が自分たちの手で作れたらいいなと」
無論、実際にやってみると単に片付ければ済む話ではない。それでも、建物の構造や法規にかかわる部分だけは建築士や工事業者を依頼した他は、巨大な倉庫のような空間すべてをセルフリノベーションしたというから驚く。
「70年前の木造建築ということで、建築基準法に照らして問題のないようにするため建築士を手配しました。すると、まずは構造躯体以外の床や天井などを取り壊し、スケルトンにして、各部に強度上の問題がないかを洗い出すことになりました。こうした解体作業は、当時営業を継続中だった精肉店の休業日やお盆お正月の休暇の合間をみて行っていたので、なかなかはかどりませんでした」

実は小田井さんご夫婦、地主であった祖父母から相続したのはこの場所だけではなく、周辺にあるいくつかの空き家物件も同時に相続。週末は市場の改装工事を進める傍ら、複数の空き家の管理や処分という課題とも向き合っていた。通常なら、売却を考えるのが筋だろうが、ここにおいても彼らは単なる売却ではなく、自分たちと、暮らす街の魅力をアップさせる手段として空き家を活用する。
その象徴が、周辺エリアの空き家の所在と地元の魅力を発信する「2020 NAGOYA AKIYA LOOK BOOK」。康子さんによる手書きのイラストや孝夫さんの紹介文がほっこりする手作り感のある冊子だ。
「東京から移り住んできたのが2020年、ちょうどコロナ禍で世間が停滞していたこともあり、色々なことに集中できたというのはありました。実は、空き家のことは東京に居を構えていた頃から気になっていて、いよいよ相続することが決まったときに、その空き家をそのまま、売却してしまったり、駐車場にするのはもったいないなと強く感じました。
せっかく長屋をはじめ味のある古家があるのだからこうした物件を『自由に改造OK』と謳って、誰かに貸せば借り手それぞれが自由に面白くしてくれるし、経済的に厳しい若い世代もお店を始めやすくなるのではと。そうして街が盛り上がれば、自分たちが楽しめる場所も増えるていくのではないかと考えました」
そのため、まずは自分たちが所有する空き家を知ってもらうことが先決と考え、自己所有の物件をプロットした空き家マップを街ブラ散歩の冊子として制作。それを、コロナ禍に細々とやっていた名古屋各地のイベントなどで配布、徐々にその存在が知られるようになったという。

いわゆる古民家再生でもなければ、王道の不動産活用とも異なる彼らの”空き家再生術”は、金城市場のリノベーションにも好影響をもたらした。ある時、空き家物件の案内の最中、まだ工事途中の金城市場へ案内すると、この場所で音楽会を開きたいと手を挙げる人物が現れたのだ。しかも、音楽会開催のためなら、と市場の片付けのボランティアを買って出てくれるというのだ。これにより夫婦二人で暇をみつけて進めていた工事は作業効率が飛躍的にアップ。2020年の年末、なんとか体裁を整えた新生・金城市場は、生まれ変わった空間の約半分ほどのスペースを使用し、初の音楽会を開催した。
開催に合わせて飲食店も手配し、行われた初の主催イベントは音楽会の企画者の声掛けやビラを見た周辺住人など約40人ほどが集まる小規模なものであったものの、参加者からの反応は良好で、夫婦が思い描いた理想がこの地で実現できる手ごたえを掴む第一歩になった。

SNSを通じて海外アーティストからのオファー、市場としての機能の復活
こうして近隣の台所だった金城市場は、オーナー夫妻の旺盛な好奇心と「カオス」を受け入れる懐の深さで、以前の業態とはまったく異なる文化の発信空間へと変貌を遂げていくことになった。ライブハウス、劇場、ギャラリー、ショップにカフェ。夫婦の審美眼とコネクションは、若手のクリエイターや飲食店オーナーを引き寄せ、住宅街の一角にかつて以上の賑わいをもたらし、ボランティアの参加や看板や什器の提供など、夫婦の活動に賛同する周囲の人々の助力もあり、物置小屋からクリエイティブな空間へと進化していく。


そんな「何でもあり」の空気感をまといはじめた金城市場は2023年9月、まったく面識のないイギリスのミュージシャンから「ジャパンツアーの会場にしたい」とSNSで連絡が入った。
防音設備がなく、いまだ改修途上で“サグラダ・ファミリア”状態の金城市場を箱にした、認知度は低いとはいえ海外アーティストのツアーライブ。周囲のライブハウス関係者に相談すると「平日の夜に、誰も知らない外国人を呼んで集客するのは至難の業」とくぎを刺された。だが、蓋を開けてみれば、そこには200人の観衆が押し寄せた。
「あの夜、確信に変わりました。この場所には、僕らが想像もできないようなエネルギーを引き寄せる力があるんだと」
「無駄」にこそ、面白さが詰まっている
この成功体験を契機に、金城市場は翌年、「金城夜市」という名のナイトマーケットを開催した。複数の飲食店や雑貨、ファッションなどを扱う事業者が軒を連ねるイベントは、現在でも不定期で開催され、毎回500人を超える人々で溢れかえるという。また、この夜市で関係を持った事業者の提案で青果店や花屋などを集めた「金城朝市」もスタート、こちらは毎月第一、第三水曜日の定例イベント。ここにおいて、金城市場はかつての姿であった市場としての機能を取り戻すことに。
といって、カルチャーを楽しむスタンスに変わりはない。館内にランプを設置してスケボーのイベントを開けば爆音にパトカーが駆けつけ、ハードコアバンドがライブ演奏すれば近隣住民から苦情が来ることもあるという。手弁当のイベント運営に、眉を顰める周辺住人もいるだろう、それでもこの場所に集まる熱量を、夫妻はどこか楽しんでいるように見える。
「株式会社にして、利益を最優先に考え始めたら、きっとこの場所はつまらなくなる。利益を出すということは、無駄を省くということ。でも、無駄こそが面白いんです。ここに余白があるから、若い子が『ここで何かやらせてください』と集まってくる」
埼玉出身の康子さんと、名古屋出身ながら名古屋以外の土地で育った孝夫さん。ともに「余所者」の自覚をもつ二人は、地元のしがらみにとらわれることなく、軽やかにそして大胆に常識を突破していく。
「名古屋の人は百貨店が大好きだけど、それとは対照的な、パキッとしていない、泥臭くて刺激的な場所があってもいい。僕ら自身が、ここで遊びたいからやっているんです」
終わりのない文化の接ぎ木

インタビューの最後、夫妻は笑いながら言った。 「本業は不動産屋じゃないんだけど、最近、近所の空き家の相談がどんどん来るんですよ(笑)」。彼らが生み出したのは、単なる「ハコ」ではない。古い記憶に新しい感性を「接ぎ木」し、何が起こるか分からないワクワクを育む「土壌」そのものだ。
かつて精肉店に使われていた1枚ガラスのショーケースのカウンターは、北海道を拠点とする「ファントム・ブルワリー」が入居。クラフトビールの直売所という新たなテナントの誕生は驚きをもって迎えられた。金城市場という名のサグラダ・ファミリアは、完成することなく、無駄という名の情熱を積み上げながら、これからも名古屋の街を熱狂させていくはずだ。

infromation
住所:愛知県名古屋市北区清水5-32-22
[定例イベント]
金城朝市 毎月第一・第三水曜日 10~14時 開催
[テナント]
〇イイダノキッシュとイイダノツマミ(大衆フレンチ食堂)
営業:金~火曜日 ランチ11~14時/ディナー17半~21時 定休:水・木曜日
営業:水・木・土曜日9~17時、金曜17半~20時半 定休:月・火・日曜
営業:木、金曜日 17~21時、土・日曜14~19時 不定休
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『タビノリ』は、旅の楽しさは、旅のはじまりである「移動」から、旅前の準備、ふとした寄り道、車窓から見つけるお気に入りの風景など、旅の余白に目を向け発信していくメディアです。また、旅をその周縁のものと組み合わせ、定番の旅先や新しい旅の提案などを仕掛けていきます。
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