
今夏のハイ・シエラへの旅に向けて。オスプレーのイーサープラス100を新調|筆とまなざし#462
成瀬洋平
- 2026年05月21日
人生初の100Lパックを手にして
新しいバックパックを買った。オスプレーのイーサープラス100。
バックパックを買ったのは何年ぶりかわからない。最近はクライミングパックばかり使っているので、歩き系を買ったのはもう15年以上ぶりである。しかも容量100L。これまで使ったことがあるのは80Lが最大で、100Lは人生初。どんどん装備が軽量コンパクト化していくなかで、80Lでも手に余っていたのに、いまさら100Lを買ったのは、今夏の旅のためである。
そもそも、歩き系とクライミングパックはなにが違うかというと、歩きのほうは背面がしっかりしていて重荷を背負ったときの背負い心地が良かったり、ポケットが多くて使い勝手が良かったりと、重量が増しても快適性を重視させた作りである。いっぽう、クライミングパックは余計なものはできるだけ排除したシンプルかつ軽量で、多少の快適性を犠牲にしても登攀のしやすさを重視した作りとなっている。容量は50L前後が主流で、普段のフリークライミングにも使い勝手が良い。これに慣れると縦走でもクライミングパックで十分なので、必然的にゴツい歩き系のバックパックを使わなくなったのだ。
で、どうして今回超大型パックを購入したかというと、先にも書いたようにこの夏の旅のためである。6月末からカナダのスコーミッシュでクライミングをしたあとアメリカに渡り、7月半ばから2週間ほどハイ・シエラに行こうと思っている。カリフォルニア州を南北に貫くシエラネバダ山脈。ヨセミテ・バレーもこのなかにあるのだが、1000m級の大岩壁に囲まれた渓谷を抜けると、標高2,500〜4,418m(マウントホイットニーの頂上)の高山地帯が広がっている。その広大なウィルダネスを、人々は憧れの思いを込めて「ハイ・シエラ」と呼んでいるのだ。
世界はどこへ向かおうとしているのか。25年ぶりにハイ・シエラの地を旅する
ハイ・シエラには大小無数の湖やパインの森、たくさんの花崗岩の岩峰が聳えている。そんな山々を自由気ままにキャンプしながらぶらぶら歩き、岩山に攀じり、絵を描きたいと思っている。ハイ・シエラの旅では、クマ対策として食糧など匂いのするものをポリカーボネートなどで作られたベア・キャニスターに入れて持ち歩かなければならない。キャンプ道具とクライミングギアとスケッチ道具、そして嵩張るベア・キャニスターを詰め込むための相棒として選んだのが、イーサープラス100というわけだ。
ハイ・シエラは、1970年代から80年代にかけて、カウンターカルチャーの流れのなかで巻き起こったバックパッキングムーブメントのメッカとなった場所。ベトナム戦争が泥沼化するなか、反戦運動や既存の社会体制、価値観に疑問を持った若者たちがバックパックに衣食住を詰め込んで、ヨセミテからハイ・シエラへと旅に出た。そんな時代背景に興味を持って、初めての海外旅行でひとりハイ・シエラを訪れたのは19歳の夏だった。同時多発テロから一年後のことである。ちなみに、カウンターカルチャーの流れのなかで岩登りに傾倒していった者たちによって形作られたのがいわゆる「フリークライミング」である。
いま、またハイ・シエラを旅したいと思ったのは、クライミングと絵を組み合わせた旅にもってこいの場所だということのほかに、昨今の世界情勢がある。第二次トランプ政権が発足してから一年半。相も変わらずアメリカは戦争を仕掛け、しかも独裁主義的な傾向を強めている。いまのアメリカをこの目で見てみたい。そしてそれに同調するように急激かつ大きく変貌していく日本社会を俯瞰したい。
世界はどこへ向かおうとしているのか。ハイ・シエラを旅しながら、自分なりに思索してみたいと思う。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。

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