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燕岳に広がるコマクサ|半世紀かけて育てた燕山荘オーナー・赤沼健至さん

全国のコマクサ群生地のなかでも、ひときわ異彩を放つ燕岳。現地を訪れると、群落の充実ぶりにまず度肝を抜かれる。だが真に気圧されるのは、守り人の想い。その愛情物語、とくとご堪能あれ!

絶景づくりの秘訣は〝愛〞

▲「咲き始めの初々しいときがイチバン! 成長するとトウが立つのは、人間とおなじだよ」と赤沼さんは冗談を飛ばす

抜けるような青空と真っ白な砂礫のコントラスト、そこに華を添えるコマクサの大群落。「燕(つばくろ)といえばコマクサ」とは聞いていたが、あまりの絶景に言葉が出ない。と、そばでシャッターを切る燕山荘の主人・赤沼健至さんは、したり顔でこう語る。「この風景を造るのに、何年かかったことか」。ん? 造ったとは、どういうこと⁉ そんな想いで、赤沼さんの半生に耳を傾けてみた。

両親とともに幼少期から山に入ってきた、燕山荘3代目の赤沼さん。オーナーに就任したあとは、コマクサをはじめとする花が織りなす風景を守ろうと、登山道を外れないようロープを張りめぐらしつつ看板を立て、夕食時には、自然について解説するスライドトークを実施。ひたすら、自然保護に心血を注いできたのだ。

山小屋をよく知る読者は、ロープや看板設置を「当然の仕事じゃないの?」と思うかもしれない。だが、想像してみてほしい。食事や清掃、受付といった山荘業務をこなす傍らで作業を計画し、登山者を傷つけないような注意喚起文を考える。そして、ヘリで運ばれてきた資材を現地へ運搬。ハンマーなどの手道具なども含めて徒歩で担いでいき、ときに数日かけて設置。山荘に帰ると、1日何回転もする食堂で、お客さまの前に立ち、心を込めて呼びかける……。

効率重視の一般社会だったら、絶対やらない、こんなこと。完遂するために必要なのは、「コマクサを、そして燕岳の環境を絶対守り抜く」という強い決意。そこに、愛情という名のスパイスが、これでもかと加わっているのだ。

▲背丈が低いコマクサを狙うなら、やっぱりローアングル!
▲「山を楽しんでほしい」が赤沼さんのポリシー。それだけに、看板は最小限しか立てないという。
▲目を凝らすと見つかる、芽生えて1年目のコマクサ。群生地なら見つかる可能性が高いので、探してみて。

40年続くスライドトーク、その感動

20代のころからスライドトークを続けてきた、赤沼さん。その類まれなコミュニケーション力は、尊敬モノ。写真家としても活躍する彼ならではの美しい写真をお披露目しつつ、軽快なユーモアで盛り上げる。そして、オーナーだからこそ見られる光景の紹介は情感豊かに、経年の環境変化については一転、まじめな口調で。さらに、まとめのメッセージに込めるのは、疲れ切った社会人の心を見透かしたかのような、名言の数々!

「体が疲れると、ネガティブな気持ちになる。でも、魂が感動すると達成感や感謝が心に浮かび、プラス思考になってストレスがとれ、笑顔になる」

「自然が与えてくれるのは、気づきやひらめき、直感力や個性。無言だけども、多くの学びを与えてくれる」

「普段の呼吸を意識してみて。そして山ではいい空気を吸って、よい心の息を、地球に戻そう。これこそが愛情であり、利他の心だ」

このスライドトークに耳を傾ける人々が見てきたのは、コマクサ群落といった高山植物だけでなく、天を突く槍ヶ岳と下界から湧き上がる雲、そして思わずため息が漏れるほどダイナミックな夕焼け。BGMには、軽やかなイワヒバリの声やホシガラスのしわがれ声、そして吹き付ける風のメロディーがムリなく感じられたはずだ。

体はもちろん疲れているだろうが、五感は澄み切っているハイカーたち。その胸に、燕山荘で40年あまり続くというスライドトーク、いや〝ご長寿番組〞の感動が、響かないワケがない。この山荘にずっといたい。そんな気持ちが、沸々と湧いてくる夜であった。

▲合戦小屋名物をあしらう、こんな飾りも疲れを癒してくれる。

「自然のものは自然のままに」――赤沼さんの哲学

翌早朝は、快晴。赤沼さんは、小屋周辺での撮影に勤しみながら、「昨日の星空、いいのが撮れたかな?」と気さくに話しかけてくれた。と、周囲がにわかにざわめく。宿泊客たちがこぞってカメラを向けていたのは、愛嬌たっぷりなライチョウの親子だった。

「じつは保護・啓発活動を続けていたら、ライチョウも増えてきたんだよね。コマクサも同様で、人が足を踏み入れたところには群落ができず、踏み込みがなくなったところでは、増えてくる。こうして振り返ってみると、人間のマナーにかかっていることが、よくわかるよね。これは僕のテーマでもあるけども、『自然のものは自然のままに』していくのが、ベストだなと思う」

▲登山道の真ん中で砂浴びに勤しむライチョウ親子に出会った。あのー、そこを通ってもよろしいでしょうか……

赤沼さんがこんなフィロソフィーをもつようになった背景には、経営の傍ら注力してきた啓発活動だけでなく、カメラの存在が大きい。当初は、コマクサの背景を彩る玉ボケに憧れ、美しい花や自然を被写体としてシャッターを切ってきた。だが、自然が織りなす事象だけでなく、記録としても写真を撮るうちに、「今年はなぜ、雪が少ないんだろう?」、「今年はコマクサの開花が早くないか?」などの疑問を感じ、考えるように。こうして、高山環境の変化に気づくようになったのだ。

「ライチョウのヒナは、以前は7月10日ごろにかえっていたというデータがある。でも近年は、6月20日ごろまで早まる傾向なんだ。コマクサの開花もこの標高にしては早まっていて、本来ならばありえない、6月中に咲くのがめずらしくなくなってきている。砂礫地の細かい石が熱をもって、開花を早めているのかもしれない」

こうした環境の変化を地球レベルでとらえるのが、赤沼さんの真骨頂。燕岳だけでなく、ワールドワイドな環境にも、しっかり目を向けていた。

「歴史上、地球がかなり高温になったのは平安時代あたり。そして、モーツァルトが生きた1750年代は、非常に寒い時期だったそうだよ。そう考えると、現在はさほど高温な時代ではないんだよね。ただし、現在のペースで温暖化が進んだら、この山上にあるダム、つまり雪がなくなって、安曇野地方の下流域が干上がる恐れがある。こうしたことに気づいたからこそ、自分ができることとして、スライドトークを続けているんだ」

▲かつて北燕岳では、コマクサの栽培試験が行なわれていた。その試験成績は芳しくなかったようだが、いまでも自生の大群落が風に揺れる。

コマクサが咲く6月、燕岳へ

普段の何気ない登山シーンでは、自然はあってあたりまえのものに思える。だが、緑や野鳥のさえずり、そしてせせらぎといった生気があってこその山歩き。私たちハイカーにできることは、まず自然に目を向けるという、小さな行為かもしれない。赤沼さんは改めてコマクサへの愛を語り、燕岳にいざなってくれた。

「厳しい高山環境で、コマクサほど美しいピンクを出す植物は、ほかにない。そんな花がみずみずしい花を咲かせ始めるのは、例年6月20日ごろから。お客さまはあまり来ない時期なんだけども、この季節を狙って、ぜひ来てみてほしい。そして、この最高の稜線に至るまでの合戦尾根も、人知れず花が咲き乱れる、最高のトレイル。ココロが癒されるという意味においては、日本でトップレベルの、本当にすばらしい山だと思うよ!」

コマクサルポを書くつもりが、書き連ねたのは、赤沼さんのことばかりだ。というわけでいまさらだけど、タイトルを変更しようか。『圧倒的なコマクサをレポートするつもりが、コマクサ愛あふれる、圧倒的なオーナーに惚れ込んでしまった件』。少し長いかな⁉

燕山荘

目前には北アルプスの女王・燕岳、そして徒歩0分で高山植物の女王・コマクサに出会える山小屋。夕食時に開催されるオーナーのスライドトークを締めくくるのは、名物のアルプホルンだ。ぜひ宿泊しつつ、コマクサ愛に触れてみてほしい。敷地内にテント場もあり

標高:2,712m
TEL:090-1420-0008(燕山荘直通、受付時間~20:30)
料金:1泊2食16,000円
営業期間:4月25日(土)~11月22日(日)

教えてくれたのは…

燕山荘オーナー
赤沼健至さん

最初に覚えた花は……あれ、コマクサじゃないの⁉
「コマクサは大好きだけど、最初に覚えたのはチングルマ。だって、当時小学生の自分は、チンが大好きだったからね」と愛嬌たっぷりに語る。でも、体の隅々からコマクサ愛が、自然愛があふれ出てますよ、赤沼さん!

 

▼コマクサに心を奪われたら、次は山に咲く花たちにも目を向けてみませんか。ランドネ最新号は植物特集。山を彩る高山植物の魅力を、たっぷりお届けしています。

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ランドネ 編集部

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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

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