
iPhoneの衛星通信は登山で本当に使えるか?カナダでの遭難救助事例と他サービスとの比較
安食昌義
- 2025年12月24日
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海外の山で事故や遭難に遭ったとき、どう動けばいいのか?
トレッキング、クライミング、バックカントリースキーなど、海外で山を楽しむ人にとって避けては通れない話だ。
これは決して遠い国の話ではない。あなたのポケットにあるiPhoneが、日本の電波の届かない山奥でも命綱になる可能性がある。
2025年夏、カナダでの遭難事故で実際に命を救ったのは、iPhoneの衛星通信機能だった。
日本でも展開が始まったこの機能が、いざというときにどう役に立つのか。
いま北米で急速に存在感が高まっている、iPhoneにおける緊急SOSでの実際の救助事例をもとに、これをどのように活用したのか、その他の緊急通信デバイスとの比較、そして救助をとおして見えてきた、日本とは異なるカナダの国立公園について、前後編でお伝えする。
文・写真◉安食昌義
編集◉PEAKS編集部
日本人による初登頂から100年のMt.アルバータへ

2025年7月。真夏であるにもかかわらず、登山は雪景色から始まった。目指したのは、ジャスパー国立公園のなかに位置する、カナディアンロッキーで6番目に高いMt.アルバータ(3,619m)。緯度が高いカナダでは夏でもこの標高で雪が降ることはあるが、20〜30cmもの積雪は滅多にないコンディションだった。
Mt.アルバータは、1925年に日本人が初登頂した山。当時、この山はその困難さからカナディアンロッキーで未踏峰として残っていた。標高こそ高くはないが、ヒマラヤにも匹敵するような岩と氷河の険しい世界が広がっている。私たちは、初登頂100年の節目としてこの山の頂上を目指した。脆い岩による落石、雪がついた岩稜など、厳しい環境だったが、仲間2名が無事に頂上に立つことができた。
iPhoneはいまや“どこでも通信できる”衛星デバイスへ。登山の常識が変わる

今回の登山では、iPhoneは欠かせないものになっていた。日本では、2024年にiPhone14以降の機種で衛星経由の緊急SOSが利用可能になったが、北米ではひと足早く2022年から実用化されてる。
衛星経由でiPhoneができる主なことは以下の3つだ。
- テキストメッセージ送受信
- 位置情報の共有
- 緊急SOSの発信
日本では、以前は衛星経由のテキストメッセージの送受信はできなかったが、2025年12月9日より使用可能になった。この機能を使えるのは、カナダ、アメリカ、メキシコに続いて4カ国目である。

登山中、私たちは街に待機している仲間とメッセージをやりとりし、気象情報などを得ていた。これまでは、街の仲間と通信するためにGarmin社の「inReach」など衛星専用デバイスが必要だった。便利な一方でスマートフォンや無線などデバイスがどんどん増えていくことが重量の増加につながっていたため、iPhone一台で衛星通信ができるようになったことは画期的だ。
また、カナダは日本よりも携帯電話の電波が届かない地域が圧倒的に多いため、iPhoneの衛星による緊急SOSによる救助が増えている。今回、私たちもこの機能が大きな役割を果たし、スムーズな救助となった。
事故発生!どうやって救助されたのか

事故は下山時に起きた。ひとりが数メートル滑落して足を負傷し、自力で歩けなくなってしまったのだ。仲間のサポートで標高約2,900mのアタックキャンプまでは戻れたものの、自力下山は不可能と判断して救助要請を行なうことになった。
そのころ私は登山のベースとなる小屋・アルバータハット(標高約2,700m)にいて、負傷したメンバーたちとは離れていたため、無線で彼らと連絡を取りながらiPhoneを使って救助要請を行なうことになった。

衛星接続には見通しの良い屋外へ出る必要がある。時刻は正午、気温はわずか3℃。数分かけて衛星に接続し、緊急SOSを発信すると、2〜3分で緊急通報サービスの担当者から返信が届き、メッセージのやり取りが始まった。
緊急SOSの通報者が負傷者であれば、位置情報が自動的に発信されるため位置情報を伝える必要はない。しかし、今回は私が通報者で位置が負傷者と異なるため、GPSアプリでアタックキャンプの座標を確認し、緯度経度を送信。負傷状況、人数、装備などをメッセージで伝え続けた。やりとりは約45分続き、時刻は12時45分に。

そして14時50分、ヘリコプターの音が頭上に鳴り響き、山岳救助隊が到着。メッセージのやりとりをした緊急通報サービスの担当者がジャスパー国立公園の山岳救助隊へ情報を共有し、出動に至った。通報から救助隊到着までは約3時間。負傷者は無事にヘリで救助され、命に別状はなかった。
緊急通報サービスとのメッセージのやりとりは現地の言葉となる。今回は英語でのやり取りだった。現地の言語がわからない・苦手という人は「Google翻訳」などの翻訳アプリをインストールしておくことがおすすめだ。現地の言葉を事前にダウンロードしておくと、オフラインでも翻訳することができるので、言葉に困っても安心だ。
登山で使う前に知っておきたい、iPhone 衛星通信SOSの課題と弱点

今回の救助は非常にスムーズで、iPhoneによる救助要請が実用的であることがわかった。一方で課題があることも見えてきた。
① 屋内では通信できない
小屋など屋内に入ってしまうと衛星と接続できないため、つねに外にいなくてはならない。今回は幸い屋外にいることのできる状況だった。しかし、悪天候や気温が低い場合などに緊急通報サービスとのメッセージのやりとりで、数十分にわたって遮るもののない屋外にいて素手でiPhoneを操作し続けることは容易ではない。
② 衛星の方向に向け続ける必要がある
衛星は移動しているため、iPhoneを指示された方向に向け続けなければ接続が切れてしまう。岩壁のそばなどにいて特定の方向が遮られて接続が切れてしまった場合には、衛星との再接続まで時間がかかり、救助までの時間を要する。
これらの点はinReachなど専用デバイスにはない弱点だ。バッテリー消費も大きいため、モバイルバッテリーも不可欠となる。
緊急時の通信デバイスの選択肢
緊急時に持っているととても心強い衛星通信デバイス。今回、私たちはiPhoneを活用したが、それ以外にもさまざまな種類があり、それぞれに一長一短がある。下記に主な端末・サービスについてまとめた。
| iPhone ※14以降の機種 |
Garmin inReach Mini 3 Plus |
SPOT GEN4 | au Starlink Direct ※端末ではなくサービス名 |
|
| 緊急SOS | ○ | ○ | ○ | △ ※アプリを通じて可 |
| 双方向テキストメッセージ | ○ ※日本、米国、カナダ、メキシコのみ |
○ | × ※事前に設定したメッセージの送信のみ可 |
○ |
| 位置情報の共有 | ○ | ○ | ○ | ○ |
| 写真の送受信 | × | ○ | × | ○ |
| 気象情報の取得 | × | ○ | × | ○ ※アプリを通じて可 |
| 使用可能地域 | 日本を含む世界18カ国 | 一部の国と地域を除き、基本的に世界中 | 一部の国と地域を除き、基本的に世界中 | 日本のみ ※2025年度中に米国にて利用可能予定 |
| 料金 | 2年間無料 その後については未発表 |
1,180円/月〜 | 2,580円/月〜 | 1,650円/月 ※auユーザーは当面無料 |
| その他 | 専用端末でなくとも、対応しているスマートフォンであれば利用可能 |
※2025年12月23日時点
※配信先によって表が表示されない場合があります。その場合は、PEAKS WEBをご覧ください。
iPhoneの衛星通信は現時点では無料で使用でき、iPhone以外に端末が必要ないことが魅力だ。ただほかのデバイスと比べると機能が限られるため、多くの機能を求めない短い山行など日常的に持ち歩く緊急デバイスに向いているだろう。
au Starlink Directは対応している機種であればどのスマートフォンでも使えて、機能も豊富で有効性が非常に高いが、海外での使用にはまだ対応していないため、今後の対応が注目される。汎用性という点ではGarmin inReachシリーズがもっとも有効で長期の遠征などには適しているが、専用端末が必要なこと、月額料金がかかることから日常的な緊急デバイスとしてはハードルが高いことは事実である。
※非常時のデバイスとしてココヘリも有効性が高いが、自らSOSを発信することはできないため今回は除く。
だれもが持っているわけではない専用の衛星通信デバイスではなくとも、日常的に使っているスマートフォンでどこからでも救助要請をすることができるのは、多くの人の命が助かることにつながる。海外で使える専用のデバイスを持っていない人にとっては、日本の外での登山の際にiPhoneは非常に有効な安全対策となるだろう。今後のさらなるサービス向上に期待したい。
山に行く前に「デモ」で練習を
実際に日本の山で使う場合も、空が開けている尾根や山頂であれば、カナダと同じように通信できる可能性が高い。逆に、深い谷底や樹林帯ではつながりにくいことがあるため、移動して空を探す必要があるだろう。
また、いきなりぶっつけ本番で使うのは不安という方のために、Appleは「デモモード」を用意している。実際に衛星に接続する練習ができるので、山に行く前に必ず自宅近くの公園などで試しておこう。
iPhoneで衛星経由の緊急SOSを使用する(デモを試す) – Appleサポート (日本)
後編は、Mt.アルバータでの救助をとおして見えた、日本とは異なる国立公園についてお伝えする。
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編集◉PEAKS編集部
文・写真◉安食昌義
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