
山と登山者の未来のために、デジタルでできること ~「やまのあかしプロジェクト」のこれから~
PEAKS 編集部
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日本の自然公園が抱える課題を解決するため、10月から北アルプスと八ヶ岳で実証実験が始まったデジタル庁の「やまのあかしプロジェクト」。どのような経緯でこのプロジェクトは立ち上がり、現在行っている実証実験の先にはどんな未来が広がっていくのか――。話題の『フラット登山』の著者であり、最先端のテクノロジーにも精通しているジャーナリストの佐々木俊尚さんと、デジタル庁国民向けサービスグループでプロジェクトの中心を担う鳥山高典さんが「山におけるデジタルテクノロジーの可能性」を語り合った。
写真◉加戸 昭太郎
文◉谷山 宏典
編集◉佐藤 泰那

山に入る前の“準備“が変わる?
「事前の学び」と「募金」の場として
――はじめに「やまのあかしプロジェクト」を立ち上げた経緯を教えていただけますか?
鳥山高典さん(以下、鳥山) マイナンバーカードの保有枚数率は現在79.9%(2025年10月末時点)となり、国民の約8割の方に所持していただいています。デジタル庁では次のステップとして民間事業者による利活用の推進に力を入れており、すでに金融・保険、情報通信、不動産・シェアリングエコノミー、娯楽(エンタメ・スポーツ)など、さまざまな業界でマイナンバーカードの利用が広がっています。
そうした流れのなかで山岳業界の方々ともお会いする機会があり、登山道の維持・補修、遭難者の救助活動などの負担が大きくなり、山小屋の経営に影響を及ぼしているとのお話をうかがいました。これらの課題を解決するための取り組みを、マイナンバーカードの機能を活かしながら、どこまでできるのか。それを検証してみようというのが、プロジェクトの発端です。

佐々木俊尚さん(以下、佐々木) 民間でのマイナンバーカードの利活用とは、「本人確認」に使用するということですか?
鳥山 基本的にはそうなのですが、近年は少し進化をしていまして。たとえば、大学生が学割を利用する際、マイナンバーカードの本人認証と、大学が発行するデジタル在学証明書を組み合わせることで、鉄道事業者側は「本人であること」と「在学していること」の2つを非対面にデジタルで確認でき、スムーズな学割乗車券の発行ができます。デジタル証明書の利用にはスマートフォンが必要で、スマホのウォレット内にマイナンバーカードの本人情報やデジタルで発行された証明情報が格納される仕組みです。
佐々木 「やまのあかしプロジェクト」でも、デジタル資格証明の技術を使っているわけですね。
鳥山 そうです。今回の実証実験では2つのデジタル証明を発行しています。ひとつは「入山準備完了証」。入山前にマイナンバーカードによる本人確認を行ったあと、山行の基本情報の入力と、安全登山のマナーチェック、宣誓書の提出をしていただくと発行されます。近年、準備不足、情報不足による遭難者が増えている現状に対して、登山に必要な装備やマナーを入山前に学ぶ機会を設けることで、遭難防止に寄与できるのではないかという観点です。
もうひとつが、任意でご参加いただくかたちですが、山小屋や自治体に募金や寄付をしていただいた方に「募金完了証」を発行しています。集まったお金は、各山域にある団体にお預けし登山道の維持・補修の費用等に使用されます。
この2つのデジタル証明をスマホのウォレットに入れて、プロジェクトに参画している山小屋で提示するとノベルティが受け取れる、というのが今回の実証実験の内容です。
─登山者にとっての恩恵も大きいですよね。山に入る前に必要な知識や装備を確認できる。 募金によって、自分が歩く山に関われるという“参加の実感“も得られる。これらが手軽にできるようになっていきそうです。


実証実験に参加して気づいたこと
改善点はUIや通信環境
――先日八ヶ岳に行った際、佐々木さんにも実証実験に参加していただきました。実際に使ってみて、いかがでしたか?
佐々木 入り口として、すばらしい取り組みだと思いました。ただ、今後に向けて課題はたくさんありそうですね。ひとつには、UI(User Interface)が使いづらいかなと。また、登山者のスマホがインターネットにつながっていないと、山小屋に設置した端末のQRコードを読み取れませんよね。私は山小屋のWi-Fiに接続して読み取れましたが、それに気付かずに困っている人を見かけました。
鳥山 山小屋での通信環境については、自治体の補助を受けてWi-Fiを整備する動きが進んでいるようです。われわれとしても、山中では通信環境がボトルネックになりがちなので、通信を使わずに登山者情報の確認ができる仕組みを検討しています。
佐々木 先日の山行では白駒荘、青苔荘、高見石小屋を回ったのですが、あのあたりは登山と観光の境目になるエリアです。登山者に求めるものと、観光客に求めるものは違います。たとえば、観光客に「入山準備をしっかりやりましょう」と呼びかけても、あまり意味はないでしょうし。それぞれにどんな情報を伝えていくべきかについても整理していく必要がありますよね。

――募金のシステムについてはどうでしょう?
佐々木 今後、この仕組みを全国的に広げていくとしたら、募金先をどうするかが課題になるかもしれません。八ヶ岳の場合、山域の34軒の山小屋が集まって組織した八ヶ岳観光協会があり、募金の受け入れ先になっていますが、日本のすべての自然公園でそうした包括的な組織があるわけではないでしょうから。
鳥山 おっしゃるとおりで、募金を集めて、どう使うのかを決めるとき、どこがイニシアティブを取るのか――自治体か、観光協会か、山小屋の団体か。その答えは、おそらく地域によってさまざまです。将来的な話にはなりますが、デジタル庁が開発したシステムをオープンソースにして、それぞれの地域のしかるべき組織がそのエリアにもっとも適したやり方で運用していってもらうという展開の仕方もあるのではと考えています。
――そうすることで、地域ごとの特性に柔軟に対応できそうですよね。
鳥山 オープンソースとして使っていただくメリットはほかにもあります。各山域で異なるシステム会社やSystem Integratorにシステム開発を依頼すると、こっちの山ではA方式、あっちの山ではB方式とシステムが乱立してカオス状態になってしまうかもしれません。
佐々木 業者によって高額な料金を請求されてしまうといったことも、起こりがちですよね。高いお金を払って作ったシステムがとても使いづらい、という。
鳥山 それを回避するためにも、公共がオープンソースで展開するのがいいのではないかと。共通のシステムを使ってもらうことで山域間での情報共有もできる横断的なネットワークを構築しつつ、運用は山域ごとに主体となる団体・組織を決めてやっていただく。国が一括してトップダウンで管理するよりもいいと思うんです。
──登山者にとっても募金が山域ごとに最適な形で使われ、整備された登山道や安全なルートというかたちで戻ってくるのは、わかりやすいメリットですね。

山の文化をどう未来につなぐか
「規制」ではなく、「コミュニティ作り」のために
佐々木 山小屋の方の話では、遭難事故が増えているのは、登山経験が浅く、自分の実力をちゃんと把握できていないまま、山に来る人が増えているからではないかと。その背景には90年代ぐらいまではあった組織登山の文化が衰退し、登山を学ぶ環境がなくなっていることも影響していると思います。とはいえ、いまさら組織登山が復活するとは考えられないので、遭難を防ぐ新たな方法をテクノロジーを活用して模索していく必要がありますよね。
――たとえば、その人の登山履歴を記録し、本人情報と紐づけることは可能なのでしょうか? それができれば、登山経験に応じて、入山管理をできるのかなと。
鳥山 登山口や山小屋に設置した端末にスマホをかざしてもらい通過履歴を記録したうえで、その履歴情報をシェアすることに同意をいただければ、その人の登山歴をどの山でも確認することは可能です。マイナ保険証を利用すると、いつどこでどういう薬が処方されたのか、どの薬局でも確認できるのと同じ仕組みです。
ただ、その情報を入山管理に活用できるかといえば、現状では難しそうです。海外の自然公園のようにゲートが設置されていて、利用者が必ずそこを通過するのであれば、管理や規制もできるかもしれません。しかし、日本の場合、北アルプスも八ヶ岳も登山口が多く、どこからでも入れてしまいますから。
佐々木 登山の世界って、グレーゾーンがすごく大きいですよね。たとえば、富士山は夏山シーズンが終わると入山ゲートが閉鎖されますが、その後も登っている人はいます。見る人によっては、その行動は「ゲートのすり抜け」であり、「けしからん」となるのかもしれません。でも、それを言いすぎると、冬富士登山を否定することになってしまいます。
「経験を積んだ登山者ならば冬富士に登っていい」となったとしても、今度は「どんな経験を積んでいれば登ってもいいのか」という問題が出てきます。冬山などバリエーションの領域になると、夏山の一般登山道のルートでどれだけ経験を積んでいても、必ずしも登れるわけじゃないですし。

――明確な線引きは、難しいですよね。
佐々木 そう考えると、テクノロジーの活用も、なにかを規制・管理するためではなく、「山の文化を広めていくため」とか、別の方向性を目指していくべきなんじゃないかと思うんです。
たとえば、登山道ですれ違うとき「登り優先」「待つときには山側に立つ」というのは、規則でもルールでもなく、マナーであり、文化なんです。そうした山の文化を知っている人が組織登山の衰退とともに減っているという現状があるわけで。だからこそ、山の文化をあらためて広め、定着させていく必要があり、それに寄与する仕組みをテクノロジーで作っていくのが、進むべき方向性なのかなと。

――実証実験で行っているマナーチェックはそれに該当するのかもしれないですね。
佐々木 そう思います。ほかにも「コミュニティ作り」もできるかもしれません。新潟県の旧山古志村(現・長岡市山古志)でデジタル村民プロジェクトという取り組みを行っていますよね。錦鯉をモチーフにしたデジタルアートのNFT(非代替性トークン。代替不可能なデジタルデータのこと)を発行し、それを買った人がデジタル村民となるのですが、そのなかには実際に村を訪れて、地域の生活や文化、住民との交流を楽しんでいる人も多いみたいです。そうしたゆるやかなコミュニティ感って、いまの時代、すごく求められていますよね。
鳥山 関係人口をどのように増やしていくかは全国の自治体の課題で、山古志はその成功例ですね。「やまのあかしプロジェクト」も、各地の山々や山小屋、麓の自治体がリアルな場としてあり、それらに興味があり、なんらかのかたちで関わりたいと思っている人たちが山古志のデジタル村民のようにテクノロジーの力を借りて集まり、新しいコミュニティが形成されていくといいのかなと思います。
佐々木 コミュニティがあれば、そこでいろんな情報やマナーが共有されて、新しい文化も育っていくはずです。私自身、八ヶ岳には個人的に思い入れがありまして。人生で一番多く登っている山なんじゃないかな。ですから、もし八ヶ岳を取り巻くコミュニティができたら、ぜひ参加したいです。

――デジタル証明書がコミュニティの一員であることの「あかし」となり、それを持っていることで実際にその山に行ったときに山小屋や地域の人たちに仲間として受け入れてもらえる、みたいなことになるとおもしろそうですね。
佐々木 かつては「デジタルは人を孤独にする」とか散々言われましたが、いまの認識は真逆で。デジタルがあるからこそ、遠く離れていても人と人とがつながり、コミュニティを作っていくことができるんです。
鳥山 「やまのあかしプロジェクト」も、そうしたデジタルの価値を最大化できるような取り組みに発展させていきたいですね。
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編集◉佐藤 泰那
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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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