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北米北西海岸先住民文化の歴史が見られるブリティッシュ・コロンビア大学の人類学博物館へ|筆とまなざし#432

17年ぶりに訪れた、ブリティッシュ・コロンビア州の人類学博物館

今回の旅でぜひとも訪れたかった場所がブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)の人類学博物館である。北米北西海岸先住民の研究、コレクションにおける心臓部ともいえる博物館で、かつてバンクーバーを訪れる度に必ず立ち寄っていた場所である。コレクションといっても、初期のそれは白人によって持ち去られたもの。たとえば、展示されている古いトーテムポールのなかには持ち運びやすいように三等分にされたものがあったりする。ここに保存展示されているおかげで100年以上前のポールを手軽に見ることができるのだが、さまざまな思いが去来するのは仕方がない。この博物館を最後に訪れたのは2008年のことで、じつに17年ぶりの再訪だった。

MECの前からUBC行きのバスが出ていたのはラッキーだった。ダウンタウンを横切り、郊外の閑静な住宅街を通りすぎると、バスは大学校内の大きなバスターミナルに到着した。こんなバスターミナルは記憶がない。大学もこの17年間にうちに大きくさま変わりしたのだろう。

まずは腹ごしらえと、学内にある食堂へ向かう。学生はもちろん、ぼくらのような観光客も多い。エスニック料理のコンボでお腹を満たし、いざ博物館を目指す。が、構内が広いため端っこに位置する博物館にたどり着くまでには10分以上歩かなければならなかった。

博物館はさほど変わっているようすがなく、入ってすぐのところで灰色に色褪せた古いハイダ族のトーテムポールが出迎えてくれた。

カナダと南東アラスカの国境近くの洋上に浮かぶ島、クイーン・シャーロット諸島。ここは北西海岸線住民のひとつ、ハイダ族の住む島である。いまでは「ハイダ・グワイ」(「ハイダ」は「人」を、「グワイ」は「島」を意味する)と呼ばれることも多い。

ハイダ族のトーテムポールを眺めながら、島を旅した思い出が蘇る

いまから22年前、ぼくはハイダ族の神話や文化に興味を持ってこの島を訪れた。そこで第二次世界大戦前にあった日本人移民とハイダ族との交流史に出合う。その歴史をたどって合計3度ハイダ・グワイを訪れることになるのだが、その話を書いているときりがないので話を博物館に戻そう。

そんなわけでハイダの人々には特別な思い入れがあり、博物館に展示されたもののなかで、いちばん好きなのはもちろん、ハイダ族のトーテムポールである。なかでも、大きな顔のグリズリーが印象的で、以前絵に描いたこともあった。

「ああ、これだ」

そのポールはほかのトーテムポールと同じように静かに展示されていた。グリズリーを見ていると、島を旅した思い出が少しずつ蘇ってきた。話を聞かせてくれたハイダのおばあさんは数年前に他界してしまった。島で出会った人々は元気だろうか。また、島を訪れたくなった。

北西海岸先住民のなかでも、バンクーバー島など南部のグループとハイダなど北部のグループとでは彫刻の仕方や色彩が違っていておもしろい。今回、とくにおもしろいと思ったのは仮面で、なんでこんな表情をモチーフにしたのかと吹き出してしまうほどひょうきんなものが多かった。それは日本の能面のようでもあり、世界中のさまざまな地域にある古層芸術に共通するなにかがあるような気がした。

それにしても、この彫刻技術の高さにおどろく。独特な意匠を彫る技術はもちろん、左右がおどろくほど正確に対称的なのである。絵に描くのも難しいほどだ。カーヴァー(彫刻師)になるためには技術的にも厳しい鍛錬が必要だったらしく、それも納得である。

展示室の最後には、ハイダにルーツを持つアーティスト、ビル・リードの作品がある。ワタリガラスの創世神話をモチーフにしたその巨大な木彫は、北米北西海岸先住民文化の復興の象徴であり、プリミティブ・アートを現代アートとして表現した作品として知られている。ビル・リードの作品はバンクーバー国際空港にも展示されているので、空港を訪れた際はぜひ探してみてほしい。

ひとしきり展示を見終わったところですでに15時を回っていた。まだその日最大のタスクが終わっていない。そう、レンタカーを借りに来たのである。空港のレンタカー会社は17時に予約している。バスと電車を乗り継ぎ、駆け足で空港へと向かった。

著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。

https://www.naruseyohei.com

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PROFILE

成瀬洋平

PEAKS / ライター・絵描き

成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

成瀬洋平の記事一覧

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

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