
ときは来れり|旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺 #54

高橋広平
- 2025年07月21日
この10年以上、夏は山籠りが恒例となっている。ライチョウを撮影するにあたり、いつどこに行けばどういう画が撮れるかはおおよそ見当がついている。そのため欲しい画が撮れそうな時期にその場所へ赴きシャッターを切るのが基本スタイルなのだが、1年で唯一時間をかけなければ撮影できない場面がある。というわけで2025年夏の山籠りの成果発表をしていきたいと思う。
編集◉PEAKS編集部
文・写真◉高橋広平
ときは来れり
前回「そのときを待つ」と題してエッセイを書いたが、まさに「そのとき」を目指して今年も山に入ってきた。ずばり毎年初夏に訪れる「ヒナ誕生の儀」に立ち会うためである。
たまに撮影フィールド開拓のために新規の山域に赴くこともあるが、私は基本的に一定地域を巡回するスタイルをとっている。これにはちゃんとした理由があって、「ライチョウは人間の個体識別ができる」という持論のもとにそこに住む個体と何年何月という時間をかけて信頼を得て、そのうえで撮影をするからである。
一見、回りくどいことをしているようだが、ライチョウにもその時々にちゃんと表情があり、険しい顔をするときもあれば柔和なまなざしのときもある。またわかりやすく感情を所作に出すタイプの生きものなので、写真に撮ればそのライチョウがどういう状況でどのように撮られたかがおおよそ想像できる。しかしそんな私でも「孵りたてのヒナ」を撮影するには入念な下準備が必要になる。
まず、母鳥が大事に卵を温めている抱卵巣を見つけなければならない。ライチョウと出会った2007年以降、現時点までに私が目視している抱卵巣は4件。それなりに長くなってきたライ活期間(ライチョウ推し活動期間)を考えてみてもそれほど多くはない極めて貴重な機会である。そのひとつひとつが特別な時間だ。
そして今回4件目にして初めての体験をすることとなった。今回出会った母鳥は、所作や私への反応から、3年前に抱卵巣の観察をさせていただいた彼女、その人であった。さらには彼女が居を構える巣はそのときの場所とまったくいっしょの場所であったのだ。いままでも念のために季節になると過去の抱卵巣跡地を確認してはいたのだが、そこに再び卵を産む母鳥はいなかった。当然、条件の良いところに巣を作ることは想像できるが、同じ場所に作るのはかなり珍しいことだと思われる。予想外の再会とともにヒナの誕生を見守ることになった。
前述のとおり、この母鳥とは数年来の知り合いで、私がどういう動きをするかもわかっているらしく、わずか50cmの距離に腰をおろして観察しても動じない。この超近距離での撮影をライチョウ飼育園館の元飼育員である友人に話したことがあるのだが、「普通はありえない、母鳥が抱卵放棄して逃げてしまう距離」とのこと。そして「高橋さんを無害な存在と認定して、捕食者避けに利用しているかもしれない」という見解であった。人生の目標として「人の身のままでライチョウに成る」という荒唐無稽なものを掲げている私としてはかなり嬉しい評価である。
観察開始から数日。山域周辺の他のヒナ鳥が徐々に孵りはじめてあたりを賑わせるなか、なかなかどうして孵らない巣を見守っていたのだが、ついに母鳥の懐から微かな声が聞こえ始めた。時刻はおおよそ朝7時。ここからは私も丸一日ほぼ付きっきりの体制である。妊婦同伴の経験がある人にならお察しいただけると思うのだが、気分は分娩室前でソワソワする連れ合いのそれである。
同じ場所で同じ相手との場面であるが、3年前とは少し様子が違う。以前はヒナの声を確認してから1~2時間でそのご尊顔を拝謁するに至ったのだが、今回はなかなか出てこない。待つこと4時間、なんと3羽同時に母鳥の懐から顔を出してくれた。この時点では未だ羊水で羽毛が濡れている。それを境に1羽2羽と新たに兄弟姉妹たちが湧き出てきた。見守ること9時間、6羽を目視で確認、残すはもう1羽となったがここでこの日のタイムアップとなる。翌日には下界でのスケジュール的に強制下山というタイミングだったため翌朝が最後の面会となった。
翌朝。下山のための身支度を整えてライチョウ家族の元へ向かう。いつも私が腰をかけている岩の手前には真新しい盲腸糞が。それにはついばんだと思われる痕跡が複数あり、ヒナの腸内細菌の継承が無事に行なわれたことを示していた。それから、抱卵巣のほうを覗くと母鳥と共に羽毛を濡らしていた羊水が乾いてフワフワになった天使たちの姿があった。
今回の一枚は、親愛なる私の山の友人家族の肖像である。何年もかけて築き上げてきたライチョウとの関係性が、有識者に「ありえない」と言わしめる撮影を可能とした実例でもある。私といえども今後そう出会えるかわからない場面であるが、彼女たちのこの姿を見れたということがなによりも嬉しい、ただそれだけなのだ。

今週のアザーカット

今年の夏はイベントが盛りだくさんです。7月12日に松本市のキッセイ文化ホールで講演会、7月21日に無印良品ツルヤ安曇野穂高店で第3回となるトートバッグ作成イベントを行ないます。そして8月末には松本市で写真展を企画中です。各イベントはその都度私のSNSなどで公表していきますので、興味のある方はチェックしていただけると幸いです。
【お知らせ】次回の更新は2025年8月25日(月)になります。
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PROFILE

PEAKS / 雷鳥写真家・ライチョウ総合作家
高橋広平
1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。 Instagram : sundays_photo
1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。 Instagram : sundays_photo