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白い闇に刻まれた「298日」の記憶をたどる。霧ヶ峰とノスタルジックな回廊をめぐる「雲上の湯」|山本晃市の温泉をめぐる日帰り山行記 Vol.18

温泉大国ニッポン、名岳峰の周辺に名湯あり!下山後に直行したい“山直温泉”を紹介している小誌の連載、「下山後は湯ったりと」。
『PEAKS 2026年7月号(No.178)』では、避暑地として愛される長野県の霧ヶ峰へ。下山後の“山直温泉”は、蓼科温泉「小斉の湯」を訪ねます。

“山直温泉”の記事・情報は
『PEAKS 2026年7月号(No.178)』の
「下山後は湯ったりと」にて!

編集◉PEAKS編集部
文・写真◉山本晃市(DO Mt.BOOK)

年間「298日」の記録と記憶

霧が発生する年間平均日数、約200日。この数字だけでも驚くが、さらにはかつて年間日数の歴代最多となる「298日」という信じがたい数字を記録した場所がある。一年の大半を白い闇に包まれた山。さて、いったいここはどこなのか。山好きの方は、もうお気づきだろう。そう、霧ヶ峰だ。

長野県中央部に横たわる霧ヶ峰は、爽やかな草原がどこまでも広がり、天然記念物の植物群落や希少な高層湿原を抱く高原台地。古くから避暑地としてもよく知られる、日本百名山の一座だ。

霧ヶ峰という地名は、霧が発生しやすい気候に由来する。諏訪湖から立ち上る明け方の湿った空気が上昇気流に乗り、この地で急激に冷やされる。するとあたりは瞬く間に深い霧に飲み込まれ、幻想的な静寂の世界へと一変する。

それにしても、年間298日という数字はあまりにも突出している。本データは1944(昭和19)~46(昭和21)年にかけて、当時の「中央気象台車山観測所」の観測員が目視によって記録したものだ。
なぜ、これほどの数字が記録されたのか。そこには、現在のデジタルな観測方法では計り知れない当時の実情が深く関わっていた。

▲車山山頂に建つ「車山気象レーダー観測所」。象徴的な白いドームレーダーが霧にかすむ。

デジタル化で消えゆく「人の記録」

本題に入る前に、まず気象庁による「霧」の定義を確認しておきたい。

「霧」:微少な浮遊水滴により視程(水平方向での見通せる距離)が1km未満の状態
「もや」:視程1km以上、10km未満の状態
「濃霧」:視程が陸上でおよそ100m、海上でおよそ500m以下の霧
ちなみに、「かすみ」は「気象観測において定義がされていないので用いない」用語。

現在、霧の観測方法は、視程計(※)による自動計測が主流だ。一方、年間歴代最多となった数字は、先述のとおり目視による有人観測で得たデータだった。当時の観測員たちは、「24時間体制で、わずかな霧も見逃すことなく発生をカウントした」という。これがまず、驚異的な数字の要因だ。
※空気中に浮遊している水滴や塵がどれくらい光を遮るかを測定し、見通せる距離を数値化する装置

また、施設事情の違いにも関わりが見出せる。
かつては多くの山頂に測候所があったが、現在は視程計を設置して霧を常時観測する施設自体が極めて限定的なものになっている。しかも、ほとんどの気象観測が「アメダス(気象庁の無人観測施設)」に切り替わり、「雨、風、太陽、雪」といった生活に直結するデータを主に計測している。残念ながら「アメダス」に霧を測定する機能はない。また、測候所であっても霧の観測はほとんどしていない、というのが実情のようだ。

「山頂で人が24時間体制で霧を見張る」ことによって記録された「298日」。この数字は、今後更新されることはまずないといえるだろう。

▲左)東京都の高速道路脇に設置されたアメダス。正式名称は「地域気象観測システム( Automated Meteorological Data Acquisition System)」。中)アメダスの雨量計。右)昔ながらの木製の百葉箱。箱の中に計測機器(温度計や湿度計など)が設置されている。

白い闇を灯す、観測員たちの思い

こうした観測事情の違いもさることながら、当時の現場には思いも寄らぬ事実がさらに刻まれていた。

車山山頂の過去最低気温は、記録に残っているもので-19.8℃(1999年2月)。気候変動、温暖化が激しい昨今とは異なり、歴代最多記録を観測した当時はそれ以下になったことも多々あったのではないだろうか。

さらにやっかいなのが、まさに霧だ。霧の殿堂とも呼ばれる霧ヶ峰は、視界が完全に奪われるホワイトアウトになることもまれではない。観測所から百葉箱や露場(ろじょう/屋外の観測場所)までのわずかな距離でさえ、遭難のリスクを伴う。そのため建物から観測地点まで誘導ロープを張り、それを命綱にして移動したという。

また、霧が強風で吹きつけられると「エビのしっぽ」と呼ばれる霧氷が成長し、観測機器を飲み込んでしまう。放置すれば氷の塊となり、機能が停止する。これを防ぐため、観測員たちは凍てつく嵐のなか、木槌などで氷を叩き落とした。
まさに冬の車山山頂は過酷極まりない環境にあった。

氷と霧に包まれた視界ゼロの山頂で、定時(3時間または1時間おき)に外へ出て視程を確認し続けた観測員たちのプロ根性。これこそが「298日」という世界でも希な記録を生み出したといっても過言ではない。

▲濃霧に包まれた車山山頂。厳冬期でなくても、視界がないと非常に危険だ。

でもなぜ、そこまで……?
1944~46年は、戦中・戦後の混乱期。国民全体が物資の乏しさにあえいでいた。山頂への物資補給には、さらなる困難があったに違いない。食料や燃料は、歩荷(ボッカ)によって強清水(こわしみず)や諏訪から運び上げられていた。冬場は室内でも水が凍り、食料のジャガイモがカチコチになって食べられないこともあったという。そんな空腹と寒さに耐え、観測員たちは定時の観測を続けた。

彼らを突き動かしたのは、はたして職務に対する義務感だったのか……。
当時、霧ヶ峰周辺は軍用機の墜落事故が多発する難所であり、またグライダーの訓練拠点でもあった。
「自分たちが正確な視程を伝えなければ、また飛行機が落ちてしまう」──混迷を極めた時代に刻まれた「298日」という数字は、空の安全に心を砕き続けた観測員たちの不屈の執念と祈りの結晶だった。

▲白いレーダードームを冠する「車山気象レーダー観測所」。目の前に鎮座する車山神社が、時の流れをも彷彿とさせる。当時の観測員たちも安全を祈願していたのではないだろうか。

1999年、車山山頂の気象観測にレーダーが運用を開始される。この時点で、同地での霧観測は事実上終了した。その後の発生日数は、もはや深い霧のなかだ。

近代的な現在のレーダードームの傍らに、ひっそりと「中央気象台車山観測所跡」と刻まれた石碑が建つ。かつてこの地で、白い闇を見つめ続ける人々がいた――霧ヶ峰を訪れるたび、観測員たちの不屈の精神に思いを馳せずにはいられない。「298日」という数字は、単なる気象データではない。それは記録を超えた、彼らの記憶。いまも霧の向こう側で、静かに輝いている。

▲「車山気象レーダー観測所」では、現在、霧を観測していない。主な役割は、雨と雪の監視だ。

霧の殿堂、霧ヶ峰の爽やかな夏

霧に包まれた過酷な世界から一転、青空の下、緑鮮やかな夏真っ盛りの草原を歩こう。
前段が長くなったので、今回は約5.5kmの周回コース(下記ルートマップ参照)を、スタートから順にスポット写真とともに紹介したい。

「山と自然ネットワーク コンパス」で作成した霧ヶ峰のルートマップ。緊急連絡先や山岳保険、装備など、登山計画に必要不可欠な情報をフォーマットに従って入力できるほか、「ルート勾配・体力強度」を色別で表示する機能などもあり、山行計画に欠かせないアイテムとしていつも活用している。今回歩いたのは、青ラインのルート。
▲左)スタート地点の車山肩駐車場。無料。中)スタート直後に思わず寄りたくなるカフェも人気の山小屋「ころぼっくるひゅって」。右)「ころぼっくるひゅって」のすぐそばに設置された「霧ヶ峰バイオトイレ」。太陽とバクテリアの働きによる資源循環型の社会をめざす。
▲左)天然記念物「霧ヶ峰湿原植物群落」の看板を左手に右前方へ進み、車山山頂へ向かう。右)大草原を横目に緩やかなトレイルをのんびりと登っていく。
▲左)ビーナスラインが描くワインディングが、不思議と大草原になじんでいる。右)しばらくすると、白いドームレーダーが目に飛び込んでくる。
▲あっという間に車山山頂に到着。山頂にポツンと建つ「車山気象レーダー観測所」は人工物で違和感があるのだが、ありがたみを感じずにはいられない。
▲左)「スカイテラス」の愛称をもつ、山頂の展望台。眺望抜群。右)霧ヶ峰の最高標高地点、車山山頂。標高1,925m。山頂らしからぬ平べったい広々とした地に、大きな岩が随所を固める。
▲車山高原の山麓駅と山頂を結ぶ、展望リフト。山頂まで約15分。写真中央の湖は、白樺湖。
▲車山山頂を越えた先に広がる、車山高原。どこまでも歩きたくなる。爽快!
▲左)車山乗越。右へ行くと殿城山(標高1,801m)。地元で「でんじょうさん」と呼ばれる隠れファンの多い山だ。今回は直進。右)Y字の分岐を右に進み、蝶々深山(ちょうちょうみやま)の山頂を目指す。左は「霧ヶ峰湿原植物群落」の看板前方面へと続く。
▲左)標高1,836m、蝶々深山の頂。360度の大パノラマを楽しめる。右)蝶々深山から望む霧ヶ峰。車山山頂のドームレーダーがひときわ目立つ。
▲先のY字分岐へ戻り、ミズゴケやモウセンゴケ、コバイケソウなど、多彩な湿原植物を愛でつつ、霧ヶ峰湿原のなかに敷かれた木道を進む。ここをすぎると、まもなく「霧ヶ峰湿原植物群落」の看板前へと戻る。

霧の聖地、霧ヶ峰。
この霧こそが、貴重な湿原植物を育み、美しい高層湿原の景観を作り出している。本コースは、車山とともに霧ヶ峰の核心部ともいえるエリアをめぐる。整備された登山道が続く歩きやすいコースだが、急な霧による視界不良に十分注意したうえで、霧ヶ峰の奥深い自然を体感していただければと思う。あの観測員たちを頭の片隅に思い浮かべつつ。

森の回廊をめぐり、雲上に湧く露天湯へ

下山後、山直温泉へ。今回訪ねるのは、泉質随一と地元でも評判の信州蓼科温泉「小斉(こさい)の湯」。かつては温泉宿を営んでいたが、現在は日帰り入浴専用の湯処となった。とはいえ、温泉の魅力はいまもまったく変わらない。

雲上に湧く良質な露天湯がいくつもあり、長い回廊で結ばれている。回廊の柱の随所に蓼科ゆかりの歌人の作品が掲げられ、短歌の世界に引き込まれる。そんなノスタルジックな雰囲気も、この湯の味わいを深めてくれる。

それぞれに個性のある露天湯&回廊巡りは、本泉ならではの醍醐味。時間の許す限り、たっぷりと堪能したい。
※温泉の詳細は、『PEAKS 2026年7月号(No.178)』まで。

▲左)信州蓼科温泉「小斉の湯」。ビーナスラインから見える水車が目印。中)気のいいご主人の荻原高年さん。温泉のことならなんでも教えてもらえます! 右)きれいなお花に和む、湯処の入口。
▲左)冬季には氷柱になる「小斉の湯噴水」。入口の目の前にある。右)宿泊施設だったときの間取りを活かした休憩室、孔雀の間。湯後、のんびりとくつろげる。貸切可能な個室の間もある。
▲標高1,275m、雲上の地に湧く「見晴らしの湯」。南アルプスの稜線が一望。
▲本泉最上部、標高1,280mにある「雲海の湯」。森の静寂に包まれた女性専用露天。
▲男性専用露天「岩間の湯」(休止の場合あり。要確認)。標高1,270m。湧水風呂(写真奥)は、キンキンの冷水!
▲標高1,278mの落ち着いた空間を独占できる「貸切の湯」。家族や仲間で楽しめる。
▲露天湯を結ぶ森の回廊。途上の柱に蓼科ゆかりの歌人の短歌が掲げられている。
▲受付からすぐの位置にある、現地の岩に囲まれた内湯。左が女湯、右が男湯。

山行&温泉data

コースデータ 霧ヶ峰(車山)

コース:車山肩駐車場~ころぼっくるひゅって~霧ヶ峰(車山)~車山乗越~蝶々深山分岐~蝶々深山~蝶々深山分岐~霧ヶ峰湿原植物群落~ころぼっくるひゅって~車山肩駐車場
コースタイム:約2時間
標高:1,925m
距離:約5.5km

下山後のおすすめの温泉 信州蓼科温泉「小斉の湯」

  • 長野県茅野市北山4035蓼科温泉
  • TEL.0266-67-2121
  • 入浴時間(日帰り):9:00~20:00ころ
  • 営業期間:無休
  • 入浴料(日帰り):大人¥800/小人¥400(貸切の湯:通常入浴料+¥1,000<50分>)
  • 泉質:単純硫黄泉
  • アクセス:車山肩駐車場より車で約30分
  • URL:http://www.kosainoyu.jp

記事・情報は
『PEAKS 2026年7月号(No.178)』の「下山後は湯ったりと」にて!

▶「山本晃市の温泉をめぐる日帰り山行記」一覧はこちら

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PROFILE

山本 晃市

PEAKS / 編集者・ライター

山本 晃市

山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。

山本 晃市の記事一覧

山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。

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