
日々の暮らしや自分を取り巻く社会について思いをめぐらしながら、雪山を歩く|筆とまなざし#451
成瀬洋平
- 2026年02月04日
ひさしぶりの雪山登山へ
ひさしぶりに山に出かけた。山といっても日帰り登山である。
その山は標高1,300mほどで夏には頂上付近まで車で行けるのだが、積雪の多い地域にあるため冬には立派な雪山となる。独立峰なので山頂からは麓まで続く広大な雪の斜面が見渡せるらしい。その景色のすばらしさを知人から聞いたことがあり、一度行ってみたいと思っていたのだった。
数日前に大雪が降った。申し訳程度に除雪された駐車場にはすでに車が一台停まっていた。先行パーティーのトレースは沢を渡り、目の前の尾根に取り付いていた。夏道は反対側の斜面を登り、谷を横切るルートなのだが、尾根沿いに登ればショートカットできるし谷に入らなくてもすむ。雪が多いことを活かした合理的なラインである。
急斜面を登り、尾根に出る。トレースがあるおかげで歩きやすい。植林地を抜けると明るいミズナラの森になった。曇り空からときどき差し込む光が、雪面に木々の影を優しく落としている。山の東側だからだろう、風もなく穏やかである。
一定のリズムで雪を踏みしめながら頭に浮かぶこと
雪を踏み踏み考える。片栗粉のようにキュッキュッと雪が足下で締まる音が心地良い。一定のリズムで踏み締められる雪。ときどき踏み抜くとリズムが崩れるが、またなにごともなかったかのように同じリズムで歩みを進める。そんなリズムが繰り返されるうちに、日々の暮らしのことや自分を取り巻く社会への思いが頭に浮かんでくる。
あれよあれよという間に衆議院が解散。これまで欠かさず行っていた選挙だが、初めて行きたくないと思った。こんな国なら税金も年金も払いたくない。そう思うと『ウォールデン』を著したH.D.ソローのことを思い出した。
ソローはアメリカ=メキシコ戦争や奴隷制を容認する州政府に抗議するため納税拒否を続けて投獄された。「市民的不服従」。自分の良心に基づき、不正と考える法律や命令には不服従によって抗議する権利があるとしたのだ。そのときは大きな運動にはならなかったのだが、ソローの思想はのちにガンジーやキング牧師に大きな影響を与えることとなる。カウンターカルチャーに端を発するアメリカのアウトドアカルチャーもまたその影響を多大に受けた。
冬季閉鎖中のドライブウェイに突き当たると、先行する3人が休憩していた。ここまでラッセルしてもらったおかげでずいぶん楽に登ることができた。ここでワカンを取り付け、ラッセルを交代しながら進む。部分的に胸まで埋まるほどの雪だった。荷が軽いのがありがたい。駐車場からここまで約3時間。頂上まで半分ほどの地点である。頂上までたどり着かなくても13時ごろには下山を始めることにして、行けるところまで登ることにした。
3人はぼくの知人が所属する山岳会の仲間だった。知った名前が何人も挙がる。やがて小ピークにたどり着くと斜面はなだらかになり、さらにひと登りすると森林限界を越えた。雪煙が斜面と空との境界をかき消していた。ここからはワカンをアイゼンに替えたほうが良さそうだ。頂上まであと1時間くらいだろうか。時計を見るとちょうど13時。少し迷ったが、そこから下ることにした。
アメリカでは移民政策に反対した一般市民が捜査官に撃ち殺された。暗雲が、ものすごい速さで世界中に広がっている。5年後、ぼくらは憧れの場所に旅に出かけ、憧れの山や岩壁を登ることができているだろうか。仕事が一段落したら、期日前投票に行ってこよう。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。

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