
救助費は請求されない? 日本とは異なる、カナダ国立公園の山岳救助と入園料のしくみ
安食昌義
- 2025年12月26日
INDEX
前編では、カナダ・ジャスパー国立公園のMt.アルバータ下山中に起きた滑落事故で、iPhoneの衛星通信による緊急SOSが救助につながるまでを紹介した。
そして、ヘリで仲間が搬送されたあと、ふと頭をよぎった「救助費はいくらかかるのか?」という現実的な疑問。
結論から言えば、カナダの国立公園では救助費が請求されないケースがある。なぜそんなことが可能なのか。
後編では、救助を担う組織の正体と、入園料(パス)を財源にした国立公園運営のしくみ──そして日本との違いを現場の体験からひもとく。
文・写真◉安食昌義
編集◉PEAKS編集部
\前編はこちら/
救助隊員は「山岳ガイド」

iPhoneの緊急SOSにより到着した救助隊は、いかにも屈強な山男たちだった。怪我をした仲間を気遣いながらも、テキパキと行動する彼らのようすは明るく、私たちに大きな安心感を与えてくれた。
彼らは「Visitor Safety Specialist」と呼ばれ、国立公園内で発生する山岳救助を担う専門チームである。多くの隊員がMountain Guide(国際山岳ガイド)の資格をもち、長年ガイドとして安全管理に携わってきたプロフェッショナルたちだ。
日本では、山岳救助は警察や消防、民間の遭難対策協議会などが主に対応している。一方カナダでは、救助そのものが国立公園業務のひとつとして明確に位置づけられており、この点は日本との大きな違いだ。
救助を担う国立公園局。「費用は入園料」で

ヘリコプターによって仲間が無事救助され、ひと安心したところで気になるのが、その費用。
じつは、カナダの国立公園では基本的に救助費用(ヘリコプターを含む)は請求されない(※地域によっては例外あり)。

救助を担う山岳救助隊は「Parks Canada(国立公園局)」の職員で、費用は国立公園の予算でまかなわれている。
その財源の一部が国立公園の入園料だ。1日パスは11ドル、年間パスは75.25ドル。入園料を払っていない場合、救助費を請求されることもある。
山に入る人にとっては、ひとつの保険のようなものといえるだろう。
入園料はトレイル整備や自然保護にも

入園料は救助だけでなく、トレイル整備、トイレ、キャンプ場の管理、自然保護などにも使われる。登山者だけでなく、ただバンフの街を訪れたり、カヌー、スキー、キャンプなどを楽しんだり、国立公園を利用するすべての人が支払う仕組みで、まさに受益者負担の考え方となっている。
そして登山口にある駐車場では、国立公園局の職員によってパスを持っているか抜き打ちでチェックが行なわれることがある。パスを持っていないことが見つかった場合には罰金を課されることもあるため、入園料を支払うことは当たり前の共通認識だ。
年間の入園料収入は約9,000万ドル。日本円で約100億円規模の財源となり、国立公園管理を支えている。
もちろん、入園料以外にも税金が国立公園に投入されているが、「国立公園を訪れる人が、国立公園を維持して利用していくために必要な費用を負担する」という至極明快なルールがカナダにはある。日本の国立公園とは成り立ちが異なるので一概に比較はできないが、日本とカナダで国立公園に対する考え方が大きく異なるのは事実だ。
事故が起きても批判しない

今回、山岳救助隊のおかげで仲間の怪我は悪化することなく、その後も順調に回復した。迅速な救助のおかげである。もちろん、「救助費用がかからない」「iPhoneでの緊急SOSが容易になった」からといって気軽に救助を呼ぶべきものではない。
一方で、無理をして症状が悪化したり、のちのち影響が出たりしてしまう可能性があれば、一刻も早く救助を呼んで状況を改善させたほうがいいとカナダでは考えられている。この点、日本よりも救助を呼ぶことへの抵抗はかなり少ないといえるだろう。
背景にはカナダに住む多くの人々が程度の差こそあれアウトドアに親しんでいて、リスクがあることを理解していること、また受益者負担の考えのもとで国立公園の利用者が入園料を支払っていることにあるだろう。
それに山岳事故が発生しても、死亡事故などに至らない限りメディアで報道されることはなく、救助された人が世間から批判されることはほぼない。事故に遭った人が実名で報道されることもほぼない。根底には「ジャッジをしない文化」、つまり「非難をしない」という考えが根付いていることもある。事故は「学び」であり、「責めるべきものではない」とされ、事故の内容は公表して教訓とするが、事故の当事者個人に焦点を当てることはない。
これは日本と大きく異なることだ。実際に私たちのMt.アルバータの救助も報道されることは一切なかった。
海外で山に入る際は、技術や装備だけでなく、その国の救助体制や国立公園の仕組みを知っておくことも重要なリスクマネジメントのひとつだろう。
自然のなかで遊ぶ以上、リスクをゼロにはできない。
無事に帰ってくるために、一人ひとりが技術や知識を身につけることはなによりも重要だ。
そのうえで、テクノロジーの進化や国立公園のあり方といった「社会のサポート」によって、より安全に自然を楽しんでいく環境を作っていくことができる──そう感じた100年の節目のMt.アルバータ登山となった。
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文・写真◉安食昌義
編集◉PEAKS編集部
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