
KONA創業者ジェイク・ヘイルブロンにインタビュー「速く、楽しく、そして常に型破り」|KONA

中村浩一郎
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独特なモデル名や鮮烈なカラーリング、その裏側にあるのは自転車への限りない愛情だ。MTBライドを愛するライダーから絶大なリスペクトを受け続けるKONA(コナ)。コナが本物であり続ける理由を、創業者の一人、ジェイク・ヘイルブロンに聞いた。
ノースショアスタイルとフリーライド文化を熟成させたKONA
1988年、バンクーバーで創業したKONA(コナ)は、いまや世界的なMTBブランドへと成長した。「クランカー」文化に影響を受け、太平洋岸北西部の泥まみれのトレイルで『ノースショア』スタイルを作り出し、フリーライド文化も熟成させてきた。
『最も大きい小さなバイクカンパニー』
『最も大きい小さなバイクカンパニー』として、「品質・楽しさ・ほんの少しの変わり者精神」を徹底的に詰め込むバイクを作る。その変わらぬ姿勢は、今もライドを愛するMTBライダーから敬意を受け続けている。そのコナの創業者ジェイク・ヘイルブロンに、その文化の根幹となるものを聞いた。
MTB誕生期に大きく影響を受けたコナの原点

―コナという名前の由来を教えてください。
ジェイク(以下J):1988年の設立時は「カスケード」とするつもりでした。カスケード山脈は活火山が連なる有名な山脈です。ところが別の自転車会社が既に「カスケード」の商標を持っていて、「使いたいなら3000ドルで譲る」と言われました。そんなお金はなかったので、仕方なく別の名前を探すことにしました。
「C」や「K」の音で始まり、火山を連想させる名前をリストアップしました。強く鋭いCやKの音が、自転車の強さと耐久性を表していると感じたからです。それで最終的に選んだのが「KONA」。短くて覚えやすいし、私たちが大好きなハワイからきていて、火山も連想させるし、ぴったりでした。
―創業者メンバーはあなたとダン・ゲルハートさんのお二人ですよね?
J:ええ。ダンと私で始めました。ただし初期に欠かせない人物がもう一人います。MTBの殿堂入りをしたレーサーのジョー・マレーです。彼はマリン・カウンティ出身、ゲイリー・フィッシャーやマリンバイクで働きながら多くのレースで優勝していました。バイクの仕組みに強い興味を持ち、当時は珍しかった手描きの設計図でフレームを考案。ジョーはコナ最初のプロダクトデザイナー兼エンジニアとして、ブランドの基礎を作ってくれました。

もう一人は現在も在籍するエンジニアの「ドクター・デュー」です。彼はもともと庭師で、バイク設計の経験はゼロ。カナダ初のMTB専門店『ディープ・コーブ』の創設メンバーでもありました。入社時に初めてパソコンを支給し、彼は独学でCADを覚え、バイク設計を始めたんです。彼の名前を付けたモデルもありましたね。
泥の急斜面をノースショアという文化に昇華させた
―コナがMTBに関わり始めたその起源に、カリフォルニアの「クランカー」時代があるそうですね。その辺りを教えてもらえませんか?
J:70年代半ば、アメリカのカリフォルニア州マリン・カウンティで、ゲイリー・フィッシャー、ジョー・ブリーズ、トム・リッチーといった「クランカー」の元祖ライダーたちが活躍していた時代のことです。彼らは古いシュウィンのクルーザーにブレーキやタイヤ、変速機を取り付け、全く新しい乗り物を作り出しました。これがMTBの始まりでした。
私が初めてMTBを見たのは、この後のこと。サンフランシスコ近郊にあったフィッシャーの店で友人が購入したリッチーのバイクを、バンクーバーの自分のショップへ持ち込んだ時でした。当時、私たちはスチール製の安価な10スピードバイクを、ハンドルやサドル、タイヤを換えて販売していましたが、「これこそまさに求めてきたバイクだ」と直感しました。MTBはまさにこの先にある進化形だと確信しました。
その後、私たちは太平洋岸北西部でライドを始め、ここがカリフォルニアとは違った急斜面・泥・岩・木の根の多いトレイルであるのに気付きました。この環境に対応するためには、より丈夫なバイクが必要だと考えて、「スティンキー」や「スティンキー・デラックス」といったフリーライドバイクの開発に着手したんです。こうして「ノースショア」スタイルが生まれました。

人を惹きつける個性的なモデル名の秘密
木製のラダートレイルを走り、ジャンプをこなすライドスタイルは、MTBを文字どおり新たな高みへ押し上げ、ノースショアは一時、世界のMTB文化の中心ともなりました。もっとも、MTBの中心は常に移り変わっています。次々に新しいライドスタイルが登し、誰もがあらゆるタイプのバイクに乗りたがります。その多様性こそがMTBの魅力ですね。
―コナのバイクはモデル名がとてもユニークですね。名前は誰がどう決めているのですか?
J:コナはハワイにちなんだ名前をよく使いますが、完全に作ってしまうこともあります。たとえば過去にあったモデルで「ムニムラ(MuniMula)」は、素材名のアルミニウム(Aluminum)を逆から読んで作った名前です。他にも、ハワイ州の魚の名前を付けたクルーザー「フムフムヌクヌクアプアア」がありました。これは当時「世界一長いモデル名」だったのですが、後から別のメーカーが更に長い名前を付けたので、私たちは語尾に「デラックス」を足して長さを上回ったこともありました。
逆に最短の名前もあります。ダブルサスのシングルスピード「ア(A)」というバイクです。ハワイ語でとがった溶岩を意味する「アア」から取ったもの、これにも独自の物語がありました。
私たちは小さな会社なので、注目されるために変わった名前を思いつくことが多かったんです。例えば「スティンキー(臭い)」なんてひどい名前だと思うかもしれませんが、それこそがポイント。私たちの哲学は「みんなが同じようなことをするなら、私たちは違うことをする」。今のところ、うまくいっているようですね。
―昔、『SEX』という挑発的な名前のシリーズもありましたよね。
J:ええ、ダブルサスの「SEXワン、ツー、スリー」といったシリーズもありましたね。これは本当は『Suspension EXperience』の略だったのですが、特に当時の北米は性的な表現に保守的で、名前が理由で購入をためらう方もいました。そこで今度はもっと過激に『スタブ(刺す)』『シュート(撃つ)』という名前を付けたんです。皮肉ですが、今度は受け入れられた。「セックスは売れる」とよく言われますが、私たちの場合はむしろ「暴力のほうが売れた」わけですね。
伝説的ライダーたちに選ばれてきた理由
―コナのバイクは、後に伝説となるライダーに多く乗られていました。彼らはなぜコナを選んだのでしょう?
J:私たちは将来有望なライダーを早い段階で見つけるのが得意でした。例えばライダー・ヘシェダルはコナでMTBレースに出場し、チーム移籍後にロードレースに転向し、2012年ジロ・デ・イタリアで総合優勝。他にもXCではローランド・グリーンが、DH男子ではファビアン・バレルがコナで育った後に世界チャンピオンとなりました。またトレーシー・モズリーも、コナでワールドカップを制しています。
―彼らがコナを選んだ決め手は?
J:一番の理由は、私たちが築く人と人の関係だと思います。コナはサイクリングとライダーを心から大切にしていると感じてもらえるのではないでしょうか。今も若手アスリートの成長をサポートしています。例えばフリーライダーのエディ・レイノルズや、XCとグラベルを得意とするハンナ・シムズ。また、24時間ソロMTB世界選手権で6度優勝したコリー・ウォレス選手のように、長年コナと歩んできたライダーもいます。いつも最初は個人的なつながりから物語は始まるんです。
『最も大きい小さなカンパニー』コナの誇りと哲学
―以前あなたはコナを『最も大きい小さなカンパニー』と表現しています。その意味とは?
J:多くの方はコナを大企業だと思ってくれていますが、実際はそこまで大きくはありません。最も規模が大きかった時期でも従業員は100人ほどでした。それでも過去35年で200万台ほど自転車をつくり、世界中に届けてきたので、数字だけ見れば小さくはありません。ただ、巨大なグローバルブランドと比べれば私たちはずっと控えめです。私たちは会社の大きさが成功の証だとは考えていません。大切なのは、私たち自身がバイクに乗り、仕事を心から楽しむこと。シンプルな哲学ですが、うまく機能しています。
―コナを一言で表現するなら?
J:難しいですね。一言なら「本物」「リアル」でしょうか。多くのブランドが似た言葉を使いますが、私は純粋にそれがコナの本質だと信じています。私たちはサイクリングに忠実であり続けます。ただ正直であること、そして本物であること。大事なのは、それだけです。
問:エイアンドエフ https://www.konaworld.jp/
- BRAND :
- Bicycle Club
- CREDIT :
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中村浩一郎=文 エイアンドエフ=写真
Koichiro Nakamura=Text A&F=Photo
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PROFILE

30年の自転車記者歴で、35年来のマウンテンバイク乗り。最近はフルサスのeMTBばかりに乗っていて、これは犬と一緒に牧場みたいなところを乗ってみたい。趣味はBMXダートジャンプとピアノ。